ぶろがーべーしょん

飲食業界を辞めたげるかとが自由に生きながら書くブログ。

辞めても命はとられないので、我慢してる人は勇気出して辞めよう

こんにちは。げるかとです。

 

僕は、自分を犠牲にした働き方に疑問を感じ、飲食業の仕事を辞めました。

しかし同じような状況下でも、なかなか決断できずに躊躇してる人は多いと思います。

そういう人たちの背中を押すことができたらと思い、僕の置かれた状況と決断をまとめていきたいと思います。


ちなみに僕は鬱にもなってないし過労死ラインにも達してないし自殺未遂も起こしてないんで、ニュースになってるようなヒドイ例に比べれば軽いしユルしショボイんですが、大事なのは程度の大小ではありません。


24時間営業のチェーン店における1日の流れ。

【一番ひどい時の例】

4時半 起床

起きられればいいんですけどだいたい起きられません。そういう場合は店にいる引き継ぎのバイトから電話がかかってきます。

5時〜9時 A店勤務

早朝出るバイトがいないから普通にシフト。

9時〜11時 事務

バイトにLINE打ちまくってひたすらシフト表の穴調整。

11時〜14時 B店勤務

昼ピークの人数足りないから普通にシフト。

14時〜16時 事務

再びバイトにLINE打ちまくってひたすらシフトの穴調整。

16時〜17時 送迎

夜帯に出勤する留学生バイトの送迎。電車とかバスとか分からないから。

18時〜22時 C店勤務

夜帯の人数足りないから普通にシフト。

22時〜0時くらい 送迎

深夜に出勤する留学生バイトの送迎。

1時ごろ 就寝

自宅までもたずに、途中のどこかで車中泊


労働時間としてカウントされるのはあくまで店勤務していた時間に限られるので、上の例の場合、5時-24時の19時間ではなく、あくまで4+3+4の11時間。


つまり、(問題①)拘束時間が極限まで長い。にもかかわらず(問題②)給料にあまり反映されないわけです。

 

事故っちゃった。

拘束時間が長いことで、完全に睡眠不足になりました。結局まともに睡眠をとれたのはだいたい深夜の1時〜4時。しかもほぼ毎日車中泊です。風呂は日中の事務時間を削って入り、服は2〜3日着たまま。疲労がとれるわけがありません。


こんな生活が半年以上続いた結果、2016年7月、居眠り運転で路駐トラックに激突し、車は大破。

寝ぼけまなこのうえに眼鏡が吹っ飛んでしまったので、もう何が何だかわからずあーあー叫んでいたのですが、目の前の白い塊がどうやらエアバッグだと気づいてからは、一瞬にして状況が把握できました。

やべ、やっちまった。

とりあえず生きている。よかった…。



警察に連絡。ぱっと見骨折も流血もしてなかったんですが、胸部が痛かったので念のため救急車にも連絡。相手の運チャンにひたすら謝罪。ほんとすいません。幸い、運チャンは車の外にいたので、お身体に別状なし。


病院に、二つ上の上司がかけつけてくれました。二つ上の上司が。

この人がいるうちは頑張り続けよう、と本気で思いました。そのあとは知らん、と。


秋、二つ上の上司が転勤してしまいました。



馬鹿らしいと気づき始めた。

こんな生活でも、嫁さんが、僕を見放さず毎日待ち続けていてくれました。たまに「今日は送迎がないっ!」「今日は元気だから家まで辿り着けるぞっ!」って時があって、その時だけ家に帰れました。家ついたら嫁さんが料理作って待ってて、文句ひとつ言わず迎え入れてくれて…。その料理がとにかく美味い。これさえあれば生きていけるって思いました。


これさえあれば生きていける…。

僕は気づきました。別に人々は、チェーンの飲食店なんか無くても生きていけるなと。無きゃ無いで、方法はいくらでもある。食糧はコンビニにもスーパーにも農協にもある。チェーン飲食店が明日無くなったところで、どうってことない。店で食べたければ、金払って良い店に行けばよい。


無くても困らないもののために、自分を犠牲にしてまで働いて、結果たいした収入にもならない…。生産性低すぎ。


そしてもう一つ馬鹿らしいことがありました。


ひとつ上の上司が勝手に休むんですよ。週末の、全然埋まってない崩壊シフトにもかかわらず。そんな上司にはついていけません。


馬鹿らしいことに対して馬鹿らしいと気づいていき、完全にヤル気がなくなったある日、突然、もういいや、となりました。


本気で辞めたいけど辞められない人、究極手段も選択肢の一つです。

僕は究極手段をとりました。


理由は二つ。


まずひとつめ。この会社、辞めたい人が日常茶飯事的に現れてました。店長たちが立て続けに辞めたい旨を会社側に申し出ていたのですが、それがことごとく失敗に終わっていたのです。人手不足の会社は、バイトだろうが社員だろうが、1人たりとも逃しません。そのため強引に説得されるのです。この会社、正攻法では辞められない事は分かりきってました。


そしてもうひとつ。あのときの事故で死んでても、結果は同じだったなあということ。


だから、究極手段をとりました。


とにかく2週間は踏ん張る。

人手不足の深刻な会社は、あらゆる手をつくして、辞めようとする人を阻止します。なので、その会社がヤバイことに気づいたら、究極手段をとるべき。


会社より、自分の命のほうが大切です。


ただし究極手段をとる際は、必ず就業規則に目を通しておいて下さい。それを踏まえた上で、

①退職の意思表示をする

②2週間踏ん張る

ことが重要です。


僕の場合、決意した日に手製の退職届を書いて会社携帯とともに本社に送りつけ、個人携帯も買い替え、嫁さんとは口裏を合わせておき、日中は県外へ移動、深夜1時〜6時の間だけ自宅に滞在することで、2週間逃げ切りました。


一回だけ油断して夕方に自宅にいたところ、突然上司が来訪。嫁さんが対応してる隙にベランダに逃げ隠れ、息を潜めてました。嫁さんがうまくかわし、消息わかったら連絡してほしい的な感じで終わり、帰って行きました。タスカッタ…。


後日、正式なフォーマットが送られてきて記入して返送。これで退職が受理されました。


恨むなら勝手に恨め。

決断し行動すれば道は切り開かれます。ただ、

会社に恨まれるんじゃないか?

という不安が決断を鈍らせ、なかなか一歩を踏み出せないものです。


まあ恨むでしょう。確実に。

別に、恨むなら勝手に恨んでればいいんじゃないでしょうか。恨んだところで、その人たちが消耗し続けるだけなので。


その人たちに会わないようにすれば会わずに生きていけます。その会社で関わった人たちは、人間の数に比べたらたいした量ではありません。人間はたくさんいます。外に出れば一瞬で分かります。


そして1日でも早く、何者かになってしまえばいいんです。




別に無くても人々は生きていけるのに、それに気づかずに、我が社我が店が無くなると地域の人々が国民が困ってしまう、だから命をかけて働きたまえというとんでもない勘違いを未だにしているブラック企業は、そう長くはもたないでしょう。無駄なだけなんで。

そんなところで消耗せずに、もっと楽しく生きましょう。